読了―思想史

氏家幹人『江戸藩邸物語』

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氏家幹人『江戸藩邸物語 戦場から街角へ』(中公新書883)、

中央公論社、1991年10月7版(1988年6月初版)

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氏家(うじいえ)氏の初期の著作。

個人的に、同氏の著作は昔から好きなほうなので

勉強させて頂いております。

長らく続いた戦乱の世が終わって大安の世に入ったものの、

前代の習慣・思想がそう簡単に抜け切るはずも無く、

そのような武士たちが如何に生きていたのか、

如何に考え如何に振る舞っていたのか、

といったことを考察されています。

この「戦乱の世」に、国内だけでなく

いわゆる文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)も

含まれるでしょう。

16世紀末まで戦いに明け暮れた日本の武士たち。

そこで築かれた長年の習慣・思想は、

大安の世には時に邪魔者・難儀な存在だったようです。

戦乱から太平への移行期に見られる武士(および他の階層も含む)の

困った顔が目に浮かぶような、興味深い一冊です。

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加地伸行『沈黙の宗教―儒教』

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加地伸行『沈黙の宗教―儒教』(ちくまライブラリー99)、

筑摩書房、1992年

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新年初読了です。

一昨日くらいには読み終えてましたが、

原稿を書いていたもので

こちらに手が回りませんでしたf(^_^;)

さて、著者は言わずと知れた碩学泰斗、加地先生です。

直接お会いしたことはありませんが、

儒教学・中国学および関連学問を専攻する方なら

大抵の人間は御芳名を耳にしたことのある、

そんな方ではないかと思います。

今回の本は、以前読んでいるのですが、

久々に読み直してみました。

実際に面白いですし、

勉強になることは多いのですけど、

それ以上に、原稿に書き疲れたときに

息抜きで読んでいた中で励まされました文言が。

以下に引用致します。

「伝記や資料を平板に並べるだけでは〈事実〉は明らかにならない。

そこに解釈が加わってこそ、はじめて〈事実〉が現れるのである。

/その解釈もその場限りの思い付きではなくて、全体を一貫する、

その人独自の見かたがなくてはなるまい。

もっとも、主として個別研究を行なう若いときは、

一本一本の木は見えても森全体は見えないから、

(後略)」(p295。「/」は改行を表す。赤文字は引用者)

研究にたずさわる場合、

きっとこうしたことは序盤で理解するもの思います。

ただ、論文をこれまで何本か書いていく中で、

いつも「自分の視野の狭さ」といいますか、

「知的土台となる教養の薄さ」といいますか、

はたまた「悪い意味での分析癖」といいますか、

こういうのを打開すべく論文を書こうとして

書いては消し、書いては消し、…、を繰り返していると

2008年が終わっていました。

もしかすると断章取義的にピックアップして

勝手に喜んでいるだけなのかも知れませんが、

今回の原稿でこれを読んで励まされたのは

紛れもない事実です。

今年は、このフレーズで頑張れそうな気分です。

ある種、お年玉かも。

Book 沈黙の宗教―儒教 (ちくまライブラリー)

著者:加地 伸行
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小川環樹等訳『史記列伝』第1巻

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司馬遷(小川環樹・今鷹真・福島吉彦訳)『史記列伝』第1巻

(岩波文庫、青214-1)、岩波書店、

1987年2月18刷(1975年6月1刷)

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何で今更基礎を…と思われてしまいそうです。

それも全5冊あるのになぜ1巻のみ…とも言われるかも。

最近、原典資料に割く時間がかなり増えて、

本を読む時間が減っています。

こんなことではダメです…我ながら(*_*)

まぁ、論文は読んでるといえ、

論文をここに挙げるのもどうかと思いますので、

そうなると一部分とは言え挙げざるを得ず。

というわけで、今回は、横山光輝先生によって漫画化もしている、

趙有名な『史記』の訳本でございます。

その筋でも時に引用されている訳本で、

この第1巻に納められているのは

全て小川環樹先生の訳された部分です。

※「はじめに」で訳者分担が記されている※

何も言うことが無いと言いますか、

変な意味でなくて、流石といいますか、

「これだけ訳されているのに愚生ごときが何をか語らん」

としか言いようがないのです。

普通に読物として面白く読めますし、

訳注も参照して「なお、訳文は同書による」で

使える水準なわけですから。

単に「どれが自分にとって、

研究の面で或いは楽しく読むとして面白い内容か」と

甚だ私的な観点で述べるに留まりますが、

「魏公子列伝」と「春申君列伝」ですかね。

他も面白いですけど、愚生にはこの二つということで。

続きも楽しみです。

Book 史記列伝 1 (1) (岩波文庫 青 214-1)

著者:司馬 遷
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池上俊一『魔女と聖女』

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池上俊一『魔女と聖女 ヨーロッパ中・近世の女たち』、

(講談社現代新書1125)、講談社、1992年11月1刷

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二つのイメージ、魔女と聖女を切り口として

欧州中近世の女性史を著した一冊。

あとがきでは、

「「魔性」と「聖性」をキーワードにして、

ヨーロッパ中世・近世の女性史を

みとおしてみよう」と述べられております。

新書でありながら勉強させていただくことの

多かった一冊です。

魔女あるいは聖女と指称される所以となった

民間医療などの口伝の知識が

後に女性知識人を生み出す一因となったように

理解したのですが、

さながら朝鮮における儒俗二元文化論を彷彿とさせます。

家庭内において男女の知的交渉はどのように在ったのか、

など次の展望への興味を駆り立てる一冊でもあります。

敢えて申し上げれば、

見開き2頁程度、邦文・邦訳書で良いので

参考文献も御紹介下さればなお嬉しかったのですが、

贅沢なことを言わず、自分で探せということかも知れません。

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村松暎『中国列女伝』

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村松暎『中国列女伝 三千年の歴史のなかで』(中公新書166)、

中央公論社(現、中央公論新社)、1986年21版(1969年初版)

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21版も重ねているんですね、この本…。

確かに読みやすいし、面白いし。

劉向の『列女伝』はもちろん、『金瓶梅』『紅楼夢』、

その他多くの散文や韻文から

中国女性の像を浮かび上がらせようと試みる著書。

ここに引用される書物など氷山の一角に過ぎないことを

思い知らされる著述でもあります。

愚生も、追いつけないまでも手本にせねばと思わされた

貴重な新書です。

前半においてとりわけ立体的に

各章の女性像が浮かび上がっていたように思えるのは

愚生の読み違いなのかな…と、思ったりもします。

このあたりは、興味の持ち所次第なのかも知れませんね。

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池内敏『「唐人殺し」の世界』

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池内敏『「唐人殺し」の世界―近世民衆の朝鮮認識』、

(臨川選書18)、臨川書店、1999年初版

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書類作成に追われる中なのに、いや、だからこそか?

ともかく無理やり読みました。

読みたいものは仕方が無い。

そんなわけで書類作成の合間に休憩を入れるたび、

読んでいました。

本書は分量からすれば気軽に読める一冊。

中身は綿密な事例検証の上に著されているので、

けっこう(読み応えがあるという意味で)やや重厚。

江戸後期の朝鮮通信使、崔天宗が

対馬藩通詞(通訳)の鈴木伝蔵に殺されたという事件を題材に、

それが文学の世界で如何に摂取・表現・鑑賞されたかを検証することで

サブタイトルにもある「近世民衆の朝鮮認識」の考察を図られています。

「勉強になるな~」と思いながら、読了。

個人的には、この崔天宗殺害事件が

朝鮮儒者の間でどのように・どの程度認識されていたのかも気になります。

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山下武『江戸時代庶民教化政策の研究』

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山下武『江戸時代庶民教化政策の研究』、

校倉書房、1969年

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読了するのが惜しいと思われるくらい

楽しく読みました。

研究書を読むことは立場上多いわけですが、

こんな気持ちで1頁ずつめくっていけた本は

そう多くありません。

楽しめることはままありますけど。

1969年出版、つまり概ね40年前の書籍ではあるものの、

近世国文・江戸時代史・同思想史をされる方は勿論、

中文・中哲や朝文から見ても

示唆されるところは多いのではないかと思います。

一応、著者は教育学を御専門とされておられるので

教育史に分類されるのが穏当なのでしょうがf(^_^;)

惜しむらくは既に絶版されていること。

それも久しいようです。

こんな良書がどうして絶版…。

良書だからこそ絶版なのでしょうか…。

ともあれ、内容としては、

江戸幕府の施行した庶民教化政策と

それにおける書籍・出版物の役割。

したがって、禁書や出版規制、教化書刊行といった

出版物を対象ないし手段とした政策を

主として取り上げておられます。

今風に言えばメディア政策にも通ずるものではないでしょうか。

オンデマンド出版で良いので復刊して欲しいものです。

もったいない…。

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金谷治『老子』

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金谷治『老子 無知無欲のすすめ』(講談社学術文庫1278)、

講談社、1998年第6刷(1997年第1刷)

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昨日の『詩経』と並行して

電車内で読んでいた本をもう一冊読了。

今度は『老子』です。

訳注は、これまた碩学、金谷治先生。

正直なところ、固いところを押さえている訳ですが(笑)

さておき、読みやすいです。

しかも原文が載り、そこへ韻も示されている上に、

巻末には索引まで付されています。

もちろん、金谷先生の注釈や解説もあります。

お得感満載といった文庫です。

現代語訳もかなり読みやすいですし。

「さすがだなぁ…」の一言に尽きます。

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『史記 八(列伝一)』(新釈漢文大系88)

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水沢利忠『史記 八(列伝一)』(新釈漢文大系88)、

1994年第3版(1990年初版)、明治書院

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入門者を含め漢文を読まれる方にとっては

外すことのできないシリーズ、

明治書院さんの刊行されておられる新釈漢文大系の

一冊です。

しかも超有名な『史記』です。更に「列伝」。

紀伝体を初めて採用した中国の古典です。

正直、カテゴライズは迷いましたし、

結局決めきれずに複数羅列。

通史の体裁を採って著者司馬遷から見た

過去のことを記録しているのですから

史書であることは事実ですが、

一面、「天道是か非か」を問いつつ事件を叙述している以上、

そこに彼の思想が入り込んでいないわけも無し。

文学としても、伝における彼の叙述は

ここでご紹介するまでも無く大いに論じられているところ。

もっとも、当時の学問が現今のように細分化されておらず

文・史・哲混交した状態であったことを踏まえると

こんなカテゴライズ自体意味が無くなるのかも知れませんが。

「文」なわけですねぇ。

さて、タイトルでは敢えて水沢博士の御芳名を控えさせて頂きました。

『史記』の「著者」は、司馬遷か少なくとも昔の方でしょうし、

というより、新釈漢文大系では

「通釈・語釈・余説」を書かれた方を各巻の「著者」としているものの、

個人的には「訳注」ではないのかな…という思いが

払拭できていないからです。

ともあれ、活字化した原文には訓点が施され、

その下には読み方が書かれており、

更に通釈・語釈・余説でフォローされているわけですから

初心者から勉強に資すること請け合いなのは事実ですが。

これができるというのはすごいことだと思います…敬服のみです。

何だか、シリーズの読了になってしまいました。まだまだなのに。

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菊地章太『弥勒信仰のアジア』

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菊地章太『弥勒信仰のアジア』

(あじあブックス051)、大修館書店、2003年

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「章太」と書いて「のりたか」さんと読まれるのだそうです。

ですので、注文されるときはこの点に注意。

さて。

本書は、

「弥勒信仰という切り口で、

アジアのたどった歴史のひとすみをとらえ」(p7)ることを

目的として著述されていると、

著者自ら述べられております。

弥勒信仰…朝鮮においては花郎がつとに有名ですが、

同書においてはこれをも包括して

中国や中央アジアへも展開していた

弥勒信仰の新たな側面を分かりやすく述べられています。

ここで「全容」と書かないのは、

単に、「全容」と判断できるだけの素養を

倭儒が持ち合わせていないために書けないだけの話で、

実際には全容に近いものなのかな、と

素人判断ながら思ったりもします。

少なくとも、弥勒信仰の大きな広がりを

想像させてくれるのは事実です。

素直に「面白い」と思わせてくれる一冊。

息抜きと勉強の両方を満たしてくれました。

なお、ここでは「思想史」に分類されていますが、

これはあくまでも倭儒が勉強になった視点からの話で、

菊地氏の御専攻は比較宗教史です。

念のため、補足。

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金泰俊『虚学から実学へ』

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金泰俊『虚学から実学へ 十八世紀朝鮮知識人洪大容の北京旅行』、

東京大学出版会、1988年

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本を見ると新しく見えるのですが、

既に20年前の著作なのですね。

今更ながら驚きました。

それはさておき。

サブタイトルにもあるように、

18世紀の朝鮮知識人(士大夫)、洪大容が

燕京使に随行して燕京(今の北京)へ行った際の

清朝治世下の中国知識人たちとの交流や

そこで得た人間関係、彼の知見や考えなどに対し、

彼の旅行記を元にトレースを図った力作。

18世紀といえば朝鮮でも李朝後期、

日本でも近世後期に入っていますから、

良くも悪くも豊かになる時期でもあります。

朝鮮では相変わらず四色党争が止まずでしたが…。

その中で洪大容は自国内の如上の「停滞」に飽き足らず

西洋の天文学、清朝知識人の知見にも関心が及び、

彼の中で朝鮮実学の芽が生えるわけです。

洪大容を通して当時の朝鮮における学問の在り方が

問われ、見つめ直されています。

個人的には、少し違うところにも興味を持てましたが、

それは余談ということで。

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加藤常賢『禮の起原と其発達』

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加藤常賢『禮の起原と其発達』、中文館書店、1943年

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静養中に読んでいた一冊。

中文では知らぬ者無しの加藤常賢博士の高著であります。

積読状態だったのですが、

せっかくの静養でしたので読んでみました。

前半は礼の由来として民俗との関連を取り上げ、

後半にて『春秋左氏伝』や『論語』など初期儒教文献に現れる

礼の学問的展開を論じておられます。

礼学を見る場合、上で加藤博士の章立てされたように

民俗・経学の両側面から考察することの重要性は

今更言うまでもないことでして、

それを65年前刊行の同著において実行されているというのは

このアプローチの重要性を示す一端だと考えられます。

ただ、実際に行うとなれば、

経学的素養に加え、歴史学の素養も当然要求されるわけで、

現在のように学問の多様化・細分化が起こり

各分野での情報量が当時に比して飛躍的に増えた状況においては

なかなか一筋縄ではいかない要求とも言えます。

むしろ、よく唱えられている「学際的研究」というのは

文史哲への回帰とも言える現象なのではないかとも思えます。

少し話が逸れました。

今回はこの辺で。

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崔昌祚『韓国の風水思想』

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崔昌祚『韓国の風水思想』(三浦國雄監訳、金在浩・渋谷鎮明共訳)、

人文書院、1997年

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朝鮮学分野であっても風水は、
それはそれとして余り食指が動かなかった同書。
まさに「まだ読んでいなかったのか?」という感じですが。

同書は崔氏の博士論文を日本語訳したもの。
本文約350頁中、前半200頁強は風水説そのものの理論整理なので、
既に風水説の理論を理解している、
あるいはとにかく韓国のことを読みたいという場合は
前半を飛ばしても読めます。

風水といっても、巷間を賑わせているような
「インテリア風水」の如きものではなく、
国都風水。つまり都市の構造を見るうえでの風水。
ですので陰宅風水(墓相のための風水)とも異なります。
あと、図讖(としん)や明堂・吉地論にも若干触れています。

倭儒にとって興味をもてたのは、やはり後半部分。
ただ、後半150頁弱に国都風水・図讖・十勝地(明堂・吉地論)を
全て盛り込むのは、少し無理があるのではないかな、とも。
一つ一つで著書にできるだけの内容がありますし。
国都風水に焦点を絞るほうが楽しめそうに思えます。
150頁だと新書(概ね200頁程度)よりボリュームが少ないですもんねぇ。

とはいえ、自分が同じボリュームで書くとなると、
「言うは易く、行うは難し」なんですけど。
文を書くのは難しいです。

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ガーバー『イスラームの国家・社会・法』

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ハイム・バーガー『イスラームの国家・社会・法 法の歴史人類学』、

黒田壽郎訳・解説、藤原書店、1996年

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「サブタイトルに『法の歴史人類学』と書いているのに

法学や歴史人類学でなく思想史にカテゴライズされてるのは

どういうことだ?!」

と文句を言われそうですが…。

読むに、イスラム教という宗教の持つ価値観、

或いはそこから生まれた諸々の法規が

実際の社会においてどのように運用され、

もしくはその運用の結果、人々がどう思惟し

生活がどう営まれていたのか、

ということを垣間見る事ができた内容を考えると、

むしろ思想史と言って良いのではなかろうか、と考えています。

よって、ここでは思想史でカテゴライズ。

上で「生活がどう営まれていたのか垣間見た」と書きましたが、

それは同書のメインストリームではなく

(それが為に垣間見るに過ぎないわけですが)

近世イスラーム社会、同書での舞台はオスマン帝国、において

「法」と認めうる代物が如何に存在し機能したか、

が骨子となります。

マックス・ウェーバーやサイードなど他の碩学の理論が、

踏襲はされないまでもどこか意識されているところもあるので

社会学の知識を身に着けていると

更に面白く読めるのかも知れませんね。

ともあれ、未踏のイスラーム社会について

良い勉強ができたのは事実です。

黒田氏の解説も大変参考になります。

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奈良本辰也『日本近世の思想と文化』

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奈良本辰也『日本近世の思想と文化』、岩波書店、1978年

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俗に言う京大学派。奈良本辰也氏の旧稿を集められたもの。

文章は平易で読みやすく、概説的ではあるものの

読者の力量に応じて答えを返してくれそうな奥行きを感じます。

この奥行きこそ著者の力量なんでしょうね。

んー、斯く在りたいものです。

全体として、やや記述が重複している点は

人によっては気になるところかもしれません。

しかし、逆に見れば、そのフレーズこそ

著者の主張ともその重点とも採れるわけで。

ともあれ、古典への深い造詣が見て取れます。

さすがですよね…ホント。

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